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中国支那、北朝鮮、韓国(南)朝鮮と日本と戦争。
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韓国のことわざ
「女は三日殴らないと狐になる。」
「他人の牛が逃げ回るのは見ものだ。」
「他人の家の火事見物をしない君子はいない。」
「弟の死は肥やし。」
「梨の腐ったのは娘にやり、栗の腐ったのは嫁にやる。」
「母親を売って友達を買う。」
「営門で頬を打たれ、家に帰って女房を殴る。」
「姑への腹立ち紛れに犬の腹をける。」
「あんな奴は生まずにカボチャでも生んでおけば、煮て食べられたものを。」
「人が自分にそむくなら、むしろ自分が先にそむいてやる。
「家と女房は手入れ次第。」
「野生のまくわ瓜は、最初に独り占めした物が持ち主だ。」
「らい病患者の鼻の穴に差し込まれたにんにくの種もほじくって食べる。」
「一緒に井戸を掘り、一人で飲む。」
「自分の食えない飯なら灰でも入れてやる。」
「川に落ちた犬は、棒で叩け。」
現代の自分だけの常識をもとに思考をしている人間には、
想像もつかないことだが、戦時の日本人の思考は非常に
特殊なものだった。
以下、「従軍慰安婦」問題の恐ろしいプロパガンダを引用する。
小林よしのり氏と上坂冬子氏の対談より
時代の空気を知れ
上坂
これは時代の空気を知らなければ解釈できません。慰安婦にしても集団自決にしても、今の平和な状況で考えれば「自分からそんなことをするはずがない」と思うでしょう。でも「兵隊さんのためなら」と慰安婦になり、「米兵に犯されるよりは潔く死にたい」と自決することは当時の日本女性としては無理なく考えたでしょうね。
小林
とくに沖縄は近代国家から後れを取っていて、本土からの差別もあり、早く日本人になりたい、ならねばいけないと思っていた。だから余計に意識が強かったんです。
上坂
非難を覚悟して言うけれど、ひめゆり部隊だって、当時の死生観から言えば、ある意味で幸せだったかもしれません。
小林
先日、「報道2001」に出ていた高嶋伸欣琉球大学教授は「ひめゆり部隊が慰安婦になっていたことがある」と発言したことがあるんですよ。全くの嘘話なのに、ひめゆり部隊の語り部さんたちは抗議の声を上げないんです。結局、反戦平和側の人間だから、仲間割れすれば右派・保守派を利すると考えたんでしょう。これには腹が立ちました。「ひめゆり部隊」の名誉をしっかり守れ、と言いたい。
上坂
私がこんな説教がましいことを言うのも、この歳になったからであって、当時の空気を知る世代がいなくなれば、言ったもん勝ちになって、嘘の証言が事実として通ってしまう。だから私は生きているうちに声を大にして言っておきたいのよ。
小林
サイパンのバンザイクリフだって、米兵が押し寄せてきてどんな目に遭わされるか分からないから、次々に身を投げた。当時の日本人のモラルの感覚、貞操観念は今とは全く違います。
上坂
アンタ、五十二歳なのに正確に想像してるわね。年齢に関係なく本気で考えた人には、当時の空気がわかるってわけね。
小林
『戦争論』を書いたときも、当時の時代の空気を知っている人に確認を取っていました。当時の兵隊さんに意見を聞いて、確信を深めて、「自分はまちがったことを書いていない」と自信を持つんです。そういえば十年前、初めて上坂さんとお会いしたときも「従軍慰安婦」をテーマに対談したんでしたね。その時に「私だって、あのころ成人していたら、兵隊さんのためにお役に立とうと思ったかも」とおっしゃっていた。
上坂
そうそう、そうだったわね。今、そんなこと言うと「上坂冬子は慰安婦志願」なんて書かれちゃうから言わなかったけれど、小林さんにはつい気を許して(笑)。
小林
そのときも「若いのによく分かってるわねぇ」って言われたんですよ(笑)。
「従軍慰安婦」被害者の事情を考えよう。
被害者が常に正直とは限らない。
自分の立場を守るためにウソをつくように強制されて
いることは非常に多い。
「従軍慰安婦」問題はおいしすぎるので、被害の実態を
無視して一円でも多くお金が欲しい人だらけになっている。
お金がかかっているとき、人はものすごい力を発揮するので、
真実追及の動きは激しいバッシングを受けてつぶされ続けてきた。
以下、「従軍慰安婦」問題の恐ろしいプロパガンダを引用する。
小林よしのり氏と上坂冬子氏の対談より
慰安婦の半分が男!?
上坂
それで思い出したけれど、以前、新潟で予定されていた私の講演が直前で断られたことがあったんです。社会党と共産党の力が強かった頃でした。その抗議文には「上坂冬子という人は、従軍慰安婦に同情すらしない悪いやつだ」と書いてあった。何をさしているのかと考えたら、私が「朝鮮半島の女性も差別することなく慰安婦として雇った」と書いたことに抗議していたようです。昭和十三年一月の記録として、中国で彼女らの身体検査をした婦人科医が「慰安婦の内訳は半島女性が八十名、内地女性が二十名」と書き残しています(『上海より上海へ』麻生徹男)。それを吉見さんたちが「半島女性の方が圧倒的に多かった」と書いた。それに対して「たまたま一度の記録がそうだったからといって、拡大されては困る」と、父と同じ婦人科医の娘さんが抗議しています。
小林
慰安婦は全体では日本人女性のほうが圧倒的に多かったんですよね。
上坂
それなのに、日本人女性で補償を求めてきた人は一人もいない。韓国の人は声高に求めてきたけれど、彼女らの思い出話を鵜呑みにするのもオカシな話です。宮沢喜一さんは彼女たちの話をまとめた報告書を読んで涙をこぼしたそうですね。紙芝居を見て泣くのはいいけど、思い出話で泣きながら国の方針を決められちゃ困る。
編集部
韓国の女性だって、吉田清治が本を書き、朝日が書き立てるまでは補償なんて求めてこなかった。
上坂
アジア女性基金なんてものを作ったでしょ。インドネシアで「日本が補償金を出すと言っているから、慰安婦だった人は申し出なさい」と言ったら、二万人が名乗り出たそうです。その半分は男だったって(笑)。一同 ええっ(笑)。
上坂
駐インドネシア日本大使館で聞いたから確かな情報です。結局、インドネシアとは話し合いの末、個人補償をやめて一括三億八千万円を女性の自立に役立てるという名目で政府に渡しています。
小林
とくに韓国では慰安婦は差別され、蔑視されます。ところが反日的行動をとれば愛国者として認められる国ですから、嘘の証言でもなんでもする。